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専門知で最も重要なのはその方向性

Local Knowledge Column

2022/07/29

東日本大震災をきっかけに、そしてコロナ禍で決定的になったのは“専門家”への信頼がかなり揺らいだことでしょう。ただし、ここで私たちに求められるのは、専門家を糾弾することではなく「そもそも専門性って何だ?」を熟考する態度だろうと思います。「ある特定領域における深い知識と豊富な経験」が専門性だとすると、実は私たち自身が「何かの専門家」のはずなのですが、それはともかく、ではなぜ信頼できる専門家とそうではない人がいるのか、あたりが素朴な疑問として浮上します。

たまたま書棚を整理していて、ある書籍を(処分するつもりで)改めて目を通していたら、その答えがありました。少し長くなりますが引用します。

“友人からいい話を聴いた。火山学のベテランの研究者があるとき噴火の予知に失敗した。しばらくはないと言っていた噴火が起こってしまったのだ、住民はすぐにその研究者を糾弾したのだろうと誰もがおもいそうなものだが、じっさいにはその研究者に対する住民たちの信頼は揺らぐことがなかったという。理由は一つ、「わしらが盆休みに遊び呆け、正月に酒びたりになっているときも、あの先生は一日も休まず火口を見に行ってたのを知ってるから」というものだ。その友人があるフォーラムで参加者にこんな問いを投げかけた。「どんな専門家がいい専門家ですか?」返ってきた答えはごくシンプル。高度な知識をもっている人でも責任をとってくれる人でもなく「いっしょに考えてくれる人」。市民に代わって正しい答えを出してくれる人ではないのだ” —『パラレルな知性』(鷲田清一、晶文社2013)より引用(結局この書籍は大切に保管しておくことになりました)。

つまるところ、私たちにとって重要な専門性とは、深い知識や豊富な経験よりは、その“方向性”なのですね。スカラー量よりはベクトル場が重視される、というわけです。有識者(=豊富な知識量を背景に第三者的に高みの見物をしている人)という言葉に嫌悪感を感じる理由はここにあるのかもしれません。弁護士・公認会計士・医師などは、ある程度、国によってその専門性が担保されているわけですが、例えばコロナ禍における医師の発言などでも、医療体制の崩壊を必死で防ごうとしている医師の発言と、何とか重症化した患者を救おうとしている医師の発言では、その専門性を差し向ける方向が全く異なったものであることにお気づきになった方も多いはずです。

しかし、ベクトル場の過剰な重視には、特定地域限定のポピュリズム(populism)というトラップ(罠)が待ち構えています。当該地域では最も優れていると思われる(専門家による)解決策が、日本という国全体にとって最も良い解決策になっているとは限らない、というよりもむしろ相反するケースが多い。先に引用した鷲田氏のエッセイが腑に落ちた人は(私自身も含め)このあたりをクールに見つめ直す必要があるのかもしれません。専門性は常にジレンマを抱えている、ということでしょうか。

新型コロナウイルスの流行が鮮明になった2020年2月頃、「専門知」なる概念を改めて見直してみようと思い立ち、関係しそうな文献を何冊か漁ったのですが、この中で最も参考になったのが、『専門知を再考する』(H・コリンズ+R・エヴァンズ、名古屋大学出版会、2020)でした。専門性に関する考えをたった一冊で深めようとしたい横着な方にオススメです。大学の出版事業といえば東京大学出版会か慶應義塾大学出版会が定番でしたが、最近、名古屋大学から目が離せません。他の仕事で色々文献を探しているときも、名古屋にぶち当たることが多いなあと実感してます。優秀なプロデューサが着任したのかもしれませんね。

さて、来週のローカルナレッジ/本の場では「ウィキペディアタウンが繋ぐ地域と図書館の可能性」と題して、Wikipediaとウィキペディアタウンを通して地域活動への展開を実践している方が登場します。このコラムの冒頭で少しだけ触れた「実は私たち自身が何かの専門家」であることが遺憾なく発揮されるプロジェクトではないかと思います。ぜひご参加くださいい。

ローカルナレッジ 発行人:竹田茂

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