ニューズレター

拠点は3ヶ所をキープしよう

Posted by local knowledge on August 26th, 2022

2020年の8月もまもなく終わろうとしていますが、この時期はどうしても“死”に関して考える機会が増えます。「死を想え(memento mori)」というわけです。コロナのような感染症・伝染病、あるいは場合によっては台湾有事なども射程に入れておく必要があるのかも知れませんが、日本人の特徴的な死因の一つは地震に起因するものでしょう。何しろ「マグニチュード7以上の地震は世界中でこの90年間に900回ほど起きているが、そのうち10%もの地震が日本で起きている」そうでして、ごくわずかな揺れを含めれば、この国土が4枚のプレートの相克の上にかろうじて成立している脆弱な地盤であることを意識せざるを得ないのが私たち日本人の日常です(そのおかげで27,000ヶ所を超える温泉の源泉に恵まれているのも事実ですが)。

9月1日の防災の日を控え、メディアからは様々な地震対策・防災対策情報が流れてきます。自宅は耐震設計にせよ、せめて感震ブレーカーは設置せよ、カセットコンロは必須、好きでもない近所の人と無理やり仲良くなれ、などとなかなか出来もしないことが推奨されるわけですが、そもそも大地震が来たら、電気・ガス・上下水道・通信の全てが機能しなくなるに決まっているので。あまり意味はないでしょうね。簡易トイレやローリングストックしている食品があっても生活インフラが全て破綻していたら、そこに長期間住み続けるのは難しい。ここで必要なのは「何か抜本的な様式の変更」なのだと思います。

イノベーション(技術革新ということにしておきます)論ではA:直線的な進化と、B:抜本的な変革がよく比較されます。Aは既存サービスをもっと速く、もっと薄く、もっと軽く、という具合に「価値の方向性は同じだがより高度化する」ための技術革新で、Bは視覚的な認知を根本的に変更してしまう技術革新だと考えれば良いでしょう(このように2種類に綺麗に分けるのは実は難しいのですが)。例えば、駅に設置された自動改札機の読み取り性能をとてつもないスピードに上げるのはAタイプの技術革新ですが、駅から自動改札機そのものを撤去してしまい、ユーザーが持っているスマホで自動的に認証するのはBタイプの技術革新ということになります。あるいはBEV(電気自動車)の蓄電池の性能をより向上させるのはAタイプの技術革新ですが、その電池をコントロールするパワー半導体にGaN(窒化ガリウム)を採用する、なんてのは明らかにBタイプです。

同じアナロジーでいうと、現在求められているイノベーションとしての地震対策は、「たった一つの大切な自宅」およびその周辺の生活環境をより堅牢(robust)にするというAタイプの技術革新ではなく、「自宅は3ヶ所にあるのが当たり前」というようなBタイプ的な制度設計的革新でしょうね。「日本は地震が多いので、どんな貧乏人でも3ヶ所に自宅を持っているらしい」というような風評が世界を流れたら愉快だと思いませんか。「日本の国土面積38万km2の70%が森林のため、1億を超える人々が安心して住める場所は少ない」と小学生の頃に叩き込まれた気がします(ちなみにノルウエーも同じような森林率です)が、これはまあ嘘ですね。そもそも日本文化は河川域(河口近辺だと扇状地)を中心に発達してきているし、これからどんどん人口が減ることを考えれば、私たちには十分な広さが残されています。

最も効果的な耐震対策は、普段から居場所を3ヶ所程度に分散させておくことなのです。「3ヶ所の自宅」は案外低コストで実現できます。無論所有する必要はありません。賃貸で十分です。長く続いた貸主優位の時代は人口減少とともに少しづつ終焉に近づき、極めて良い条件の賃貸物件が溢れるようになるはずです。当然価格も下がる。タダでも(貸主にとっては)管理を含めて誰かに住んでもらったほうが建物自体は長持ちします。飛行機や鉄道などの公共交通機関はアテにならないので、できればクルマ(ただし当面はICE=内燃機関=いわゆるエンジンを搭載している普通のクルマがベター。現時点でのBEVは災害発生時は全く機能しないと考えたほうが無難)で巡回できる場所がいいと思います。立派なマイホーム(?)である必要もなく、イメージで言えば「小屋」で十分です。「綺麗な小川のそばにプロパンガスと浄化槽を設置しただけの掘っ建て小屋」がもっとも持続可能性が高いかもしれませんし、そもそも楽しそうですよね。自分専用の駆け込み寺が3ヶ所あるようなものでもあります。地震は三十六計(36種類の兵法)を以ってしても対応が困難な天変地異なので、つまるところ「逃げるに如かず」が基本原則だろうなあ、と思うわけです。

ローカルナレッジ 発行人:竹田茂

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