AIは絵を描く必要はない
Posted by local knowledge on September 9th, 2022
2年ほど使ってみましたが、Zoomなどのツールで初めて知り合った人と何度オンラインミーティングだけを重ねても親しくなることはありませんね。(デジタルは)繋がりやすい反面、関係を切断するのも簡単だからでしょう。ではなぜ簡単に切れるのかをいろいろ考えてみると、実空間における桁違いの(気配、匂いなどの)情報量と、それらの情報に特有の、空気間を漂うある種の粘性(viscosity)や重力(gravity)のようなものを共有していないからだと思われます。例えば音は空気中を伝播する疎密波ですが、これが耳だけでなく肌にも届いていることはよく知られています。音は肌をマッサージしてくれているわけです。これが“粘性”の正体です。豊かな倍音(harmonics)を含む音は触覚と区別がつかなくなる。その最大の魅力であるはずの重低音を再現できない「花火大会のテレビ中継」が面白くないのと同じ理由です。「在宅勤務とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッド型の勤務形態を導入するAppleの計画は柔軟性がないとして一部の従業員に批判されている」というニュースが少し前に話題になりましたが、同社幹部は実空間における粘性と重力が人間関係を豊かにすることを知っているのです。
ところで、AI(artificial intelligence:複合化したアルゴリズムを駆動させ統計的および確率的処理をコンピュータに実行させること、としておきます)を凄いと思わせるためにはヒトの文化的な活動を模倣させるのが一番です。将棋を指す、絵を描かせる、作曲させる、小説を書かせる、レシピを作る、などです。「まるでヒトが作ったようだ!」と私たちは感嘆します。しかしその次の瞬間に「ヒトができること、やりたいことをわざわざAIにやらせる必要はない」ことに気づきます。AIには「ヒトのマネ」ではなく「ヒトには絶対にできないこと、やりたくないこと」をお願いしたい。せっかくのAIのポテンシャルをこのような文化的活動に使うのは(AI自身の)PR効果を除けば、大いなる社会的損失でしょう。最近もStable Diffusionという技術が創作の世界を大きく変えそうだ、ということで話題になりましたが、創作の世界を変えてるヒマがあったら他にやることあるだろう、と思うわけです。
お願いしたいことの代表格が、組合せ最適化でしょうか。例えば「ETCを利用する車が午前0時から午前4時までの間に高速道路を通行していれば、料金の30%が割り引かれる制度」によって、大渋滞あるいは深刻な事故が発生しています。この制度の最大の問題は午前0時から午前4時の間に5分や10分といったほんの少しの時間でも高速道路上にいれば、利用した高速道路区間の料金が3割引きになってしまう、という点にあります。常識的に考えれば午前0時から午前4時の間に高速道路上にいた時間の長さや距離に比例した割引にすべきです。AIなど利用しなくともこの程度の計算なら(ETCを搭載しているクルマを前提とすれば)実に簡単にそして自動的に演算できます。
このような初級問題に始まって、最終的には非常に複雑な多体問題(multibody problem)であるはずの「渋滞」を解消するためにAIが大活躍するでしょう。自動運転車の普及を待つ必要はありません。モータースポーツで言えばセーフティカー(safety carあるいはpace car)に該当するコンピュータが渋滞を構成しそうな各自動車に「しばらくの間、時速◯◯前後をキープしてください」と指令を出せばいいのです(指示スピードは各車それぞれに異なり、また状況に応じて変化するはず)。多くのドライバー同士の自発的な協調行動という「ヒトができること」の範疇を超えた作業こそデジタルテクノロジー&AIに相応しい。高速道路であっても時速40km前後で動いていれば、ドライバーは最低限の快適性を享受できるはずです。快適なとき、人はその道具(この場合AI)の存在感が希薄であることに気づくでしょう。(以前も書きましたが)優れた道具はその存在感をどんどん希薄にしていくものです。すごい絵を描くことで「どーだ俺ってすごいだろ」と胸を張っているAIはそれ自身がまだまだ未熟な道具であることを自ら証明しているに過ぎません(それ以外にお願いしたいこととしては「航空管制の高度化」「より正確な天気予報」「交通事故をゼロにする」「送電量をリアルタイムに最小化・最適化する」などがあるのですがとりあえず割愛します)。
いずれにしても(冒頭のAppleの事例で言うところの)デジタルとアナログのハイブリッドが近未来の正解なのだろうと思います(一番怖いのはなんの思想もないデジタル化ですね)。これは働き方に限りません。例えばアナログデータとデジタルデータのハイブリッド、という具合に、デジタルアーカイブズ(Digital Archives)もアナログな実空間とどう連携させることでその価値を最大化できるか、が次の焦点になるでしょう。
ローカルナレッジ 発行人:竹田茂
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