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エンタメとセキュリティは表裏一体

Posted by local knowledge on June 9th, 2023

今、駅前で買ってきた「冷やし焼き芋」なる不思議なものを食べながらこのコラムを書いていますが(冷やした芋にしては不自然に甘すぎるような気もしますがとりあえず旨いです)、近代言語学の大物、ソシュール(Ferdinand de Saussure、1857 – 1913)は「焼き芋」という記号(signe)は、シニフィエ (signifié)という「概念(あるいは意味)」とシニフィアン((signifiant)という「発話されたときの音あるいは文字のグラフィックイメージ」で構成されている、と説明しました。この2つの要素がカップリングされることで、ようやく記号として認識される、ということのようです。何を当たり前のことをエラそうに、と思ってしまいますが、言語学的には記号をそのように説明すると多分都合がいいのでしょう(ソシュールが実際に“焼き芋”をサンプルとして挙げた訳ではありません。念の為)。

2つのものが密接で切り離せないという意味であれば、日本人なら「表裏一体」が馴染み深いですよね。表(オモテ)は裏(ウラ)なしでは存在し得ないし、その逆もまた真なり、というわけです(蛇足ですが「一心同体」はまったく意味が違うのでご注意を)。禅の有名な公案の一つに隻手音声(せきしゅのおんじょう)なるものがありまして、これは実際には奈良・平安時代に当時の中国(唐)から伝承されたものではなく、江戸中期に活躍した禅僧・白隠(1686 – 1769)のオリジナル作品のようですが、「両手で叩けばパチンと音がするよね?じゃあ片手だけだとどんな音がすると思う?」という、ほとんど言い掛かりとしか思えない不良設定問題(公案なるものは大抵こんな調子ですが、これをカジュアルに展開したのがいわゆる禅問答ですね)、つまり「解が一意に決定しない課題」として有名です。片手だけで音を立てるのはなかなか難しい(=机を叩いたり、というようなものは認められません)のですが、「もしも片手だけで音がするとしたら」と想いを巡らせることで様々な妄想が浮かび上がってくる状態こそが修行である、ということなのでしょう。「手を握ったり開いたりすると少し音がするぞ」などというくだらないことは考えないでくださいね。

今回はシニフェ/シニファンや公案を補助線にしつつ「一つの記号だと思っていた言葉やキャッチフレーズが実際には他の言葉と表裏一体の関係にあるということに私たちは意外と無頓着だ」と主張したいと思います。例えば新幹線による移動の快適さは、保守を含めたセキュリティ関連技術力に裏打ちされたものです。快適というオモテはセキュリティというウラの価値と密接不可分、表裏一体の関係にある、ということです。バンジージャンプや富士急ハイランドにあるジェットコースターも同様。いずれも高い保守技術力による安全性、セキュリティの担保があるからこそ、高いレベルの“異次元”が体験できるわけです。もっともヒトの場合、体感できるのは4次元までですから「異次元の少子化対策」というのはおそらく量子力学における量子もつれあたりを駆使して子供を増やすことを射程に入れているのでしょう。頑張れ岸田政権。

IT業界には「サイバーセキュリティの重要性」という具合に、セキュリティだけを、つまりウラの価値だけを単独で語ろうとする悪いクセがあります。マイナンバーカードなどもそうですが、セキュリティが万全であることは(ウラの価値しか語っていないので)それを利用するインセンティブにはなり得ない(実際にはそのウラの価値すら怪しいことが最近露呈したわけですが)。したがって「快適」とか「楽しい」といったようなオモテの価値をパッケージして演出する必要があるのです。このとき「マイナンバーカードで楽しくなるわけないじゃん」と考えてはいけません。マイナンバーカードを使うことでワクワクするような体験って何?を徹底的に考えましょう。ここで隻手音声のような公案で鍛えた妄想力が威力を発揮します。事業開発(BizDev:Business Development)ってのは本来そういうものなのです。それを行政に求めるのは無理があるとは思いますが。

「ねばならない」という(いわゆる)べき論や論理的・倫理的な価値(e.g. SDGsとかね)を創造しようとして始める事業は、目標値も抽象度も高いことが多いので、達成感が獲得しにくく、途中で心が折れやすい。メディア関係者が陥りがちな「新聞や地上波はこれからどうあるべきか」みたいな議論が最悪です。逆に、楽しさに直接訴える知覚的価値はヒトの気持ちを素直にドライブさせてくれます(開発する側も含め、ですね)。極論すれば、全てのオモテはエンタテインメントであるべきで、そして全てのウラにはセキュリティがうってつけです。セキュリティはウラ(の価値)としては鉄板、セキュリティという鉄板のオモテには何を打ちつけても価値の高いものにしやすい、ということです。特にこれから求められているエンタテインメントとしてのオモテは(ジェットコースターのような)刺激的・刹那的な楽しさではなく、何ていうんでしょうね、じわっとくる心地よさとしての楽しさのような気がします。そのような前提で例えばメタバース(metaverse)の事業化を考えると、ほら色々とワクワクするようなアイデアが出てくるでしょう? 神社がメタバースを主宰なんてのはとてもいい例だと思いますね。

ローカルナレッジ 発行人:竹田茂

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