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意味(semantics)の変更だけで作る新世界

Posted by local knowledge on June 30th, 2023

警察官の制服を身にまとうと無意識に威圧的に振る舞うようになり、警察官を目撃した私たちも彼の(本来の)人格よりは服装が持つ記号性に過剰に反応します。これを「ユニフォーム効果」と言います。消防士、自衛官、パイロット、客室乗務員、医者(白衣)、看護士、鉄道員、警備員、工場の制服、アスリート、F1のクルーなど、世の中には数えきれない種類の職業とユニフォームがあります。プロ野球でドラフト指名された学生が契約球団のユニフォームを取り急ぎ着用して記念写真に収まる、という光景がこの効果の典型ですが、逆に「ユニフォームを脱ぐ」は、そのユニフォームの着用が義務になっている集団からの離脱や引退を意味します。つまり「脱ぐ」という言葉が重い意味を持つ職場ほどユニフォームの重要性が高いと考えられます。

このユニフォーム効果を最も熟知していたのが、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)です。ナチスが作る(実際にはHUGO BOSSなど複数の服飾メーカーが供給していたようです)制服のデザイン力は群を抜いていました。掛け値なしに「カッコいい」ので、これを着用したくて兵役に志願した人も多かったようです。しかし日本国内ではユニフォームが持つ記号性を仕事に活用しようと考えている企業は意外と少ないですね。特に工場などの現場で着用するユニフォームが画一的なのは少々残念です。既製品としての作業着にロゴを入れただけ、というのが非常に多い。零細企業であればなおのこと少数精鋭であることを表現するユニフォームは採用に有利に働くような気がしますけどね。事務職(white-collar)における「ネクタイ+スーツ」の馬鹿馬鹿しさは少しずつ理解が広がっていると思いますが、今必要なのは現場作業者(blue-collarあるいはessential worker)が好んで着用したくなるような、それも画一的なものではなく、個性を活かせる余地を残したカッコいい(かつ身体的パフォーマンスを最大化できる)ユニフォームじゃないかと思います。

ユニフォーム効果はそのユニフォームに相応しいスキルを身につけるための自発的な努力を促す効果がありますが、似たような概念で、百害あって一利なしなのが「ステレオタイプ(Walter Lippmann:1889- 1974による造語)」でしょうか。いわゆる先入観、と言っていいと思いますが、新潟生まれは酒が大好き、メガネ女子は読書家、インド人は嘘つかない、早稲田は野武士で慶應はお坊ちゃん等々、根拠が希薄だけれど「そうかも」と思わせるイメージ先行型の間違った共通認識です。当たらずといえども遠からず、という場合も多いのが厄介ですが(例えば同じ慶應でも幼稚舎組は間違いなく「お坊ちゃん」です)これは基本的には判断コストを最小限にして話を先に進めるための精度の低い便法であることを肝に銘じておく必要があります。ステレオタイプは良くも悪くも多くの場合“裏切られる”ことが多いんです。

このステレオタイプは「言葉」にも蔓延しています。例えば「観光」は「よそ者が物見遊山で名所・旧跡を訪ね、普段見ない風景を満喫し、地元の食事を堪能し、旅館やホテルでの過剰なサービスを期待し、ゴミや恥をかき捨てにして、お土産を買い、出発地へ戻ること」がステレオタイプでしょう。しかしこの「観光」の本来の意味の抽象度をもう少し上げるとすれば「その土地や場所が持っている力を借りて元気になるための移動」のはずで、最終的には「移住」につながる可能性もあります。「観光」と「移住」はシームレスだと思うんです。仕事か遊びかを区別する必要もありません。そしてそこに「観光」とは別の言葉を割り当てて普及させたほうが、日本全体が活性化されると思うのです。ただその「別の言葉」を流行らせるのはとても難しいし、時間がかかる。

そこで「同じ言葉だけど意味を変更する」が手っ取り早い、ということに気がつきます。私の場合、意味の変更ということで真っ先にアタマに浮かぶのがユニクロという会社です。同じ「ファッション」ではあるのですが、ユニクロがすごいなと思うのは「ファッションに興味のない人(他ならぬ私がそうなんですが)」に向けた洋服の販売、つまりファッション(に興味がある人への)販売からファッション(に興味のない人への)販売、という逆転の発想、意味の変更を行ったことでしょう。それがファッション・繊維業界全体にとって良いことだったのかどうかは知りませんが、少なくとも意味の変更だけでイノベーションを達成したとは言えると思うんですね。技術革新だけで新しい価値を創造するのはコストが合わないことが多いのですが、意味の変更というイノベーションはほぼゼロコストで実施可能です(実際には技術的な革新を行う時にも素材の意味を変更したり、あるいは転用したりする場合も多いのですが)。

ただし「イノベーション」という言葉には本来「技術革新」という意味はないことに留意しましょう。むしろ時空間の軸や(制度)設計を大胆に捻じ曲げてしまうことがイノベーションだったりします。例えば「住宅ローン」は十分イノベーティブだったと思いますし、最近登場した、住み続けながら家を売却する「リースバック」などもイノベーションですね。さらに「無料視聴期間が10年間(課金は10年後)」という具合に大胆に時間軸を操作してしまうことも割と簡単なイノベーションだったりします。時間軸を操作するついでに意味も変更しちゃえば?というのが私の提案です。

少し話が脇道に逸れますが、公園を歩いていると、本来整備されている歩道とは別の所に道ができていることがありますよね。いわゆる「けもの道」ですが、そこに道ができてしまったのはその公園を通過しなければならない多くの人たちの合理的な理由(=そこを通ると目的地までの経路をショートカットできる)が集積されたからでしょう。このけもの道はデザイン業界では「希望線(Desire Line)」と呼ばれます(手相にも同じ言葉がありますね)。「みんなの希望や要望で自然にできた道」ということです。同じ実態でも「希望線」と言葉を変えただけで「けもの道」よりは前向きなイメージになりますよね。同じ言葉の意味の変更作業と併行して、同じものを別の言葉で呼ぶ(パラフレーズする)というのも効果的かもしれません。

「書店」が「本を買う場所」ではなく「待ち合わせに都合のいい場所」という意味で使われた時代もあるかと思いますが、同様に「図書館」は「本を借りる場所、勉強する場所」から「本を片手にお茶を飲みながら雑談を楽しむ場所」になるかもしれません。意味変更作業が完了した未来からバックキャスティングすると、今、図書館は何をすべきかが分かる、というわけです。そのような観点で既存の“手垢がついた言葉”を見直してみると、色々と面白い発見がありそうです。

ローカルナレッジ 発行人:竹田茂

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