軽出版者宣言
Posted by local knowledge on June 21st, 2024
来週、6/24(月)にリアル会場とオンラインの同時中継で開催される「軽出版」は出版の未来を救うか 」について、話題提供者の仲俣暁生さんが運営するメディア「マガジン航」からの引用でお送りします。
ことの始まりは2023年春の文学フリマ東京36だ。このときの文学フリマで私は、インディ文芸誌『ウィッチンケア』をやっている多田洋一さんのブース「ウィッチンケア書店」に相乗りさせてもらい、自著のコピー本を売るつもりでいた。2020年に一人出版社のつかだま書房から出してもらった文芸評論集『失われた「文学」を求めて|文芸時評編』の販売促進のため、本に収録したもの以後の時評からセレクトして簡単な冊子を作ろうと思い立った。さっそくAdobeのInDesignで組版したまではいいが、ホチキス止めの製本が面倒で手作業が止まってしまった。正直なところ、少し腰が引けていたのである。
ところでこの回の文学フリマには、常勤で教えている大学のゼミ生も出店していた。一つ前の回に見学に行ったところ感じるものがあったらしく、自分たちもzineをつくって売りたいという。早々と彼女らがつくったzineを見せてもらったところ、ネットでみかける軽印刷(いわゆる同人誌印刷)の業者に刷らせたもので、内容のみならず仕上がりもなかなか見事だった。それをみて、私も軽印刷で刷りたくなった。学生が印刷所に出すのに教員がコピー本でお茶を濁してどうする。さっそくウェブで見つけた印刷業者で見積もりを取ると、こちらが考えていた額よりはるかに安い。ならば、ということで100部ほど刷った小冊子は文フリ36だけでそこそこハケてしまい、印刷代はすぐに回収できた。そしてこのやり方なら、基本的に赤字にはならないことがわかった。
私のような仕事をしていると、雑誌やウェブに書いた後、とくに本にまとめられることもなく、二度と誰にも読まれないままの原稿が山のように溜まっていく。そのようなテキストを、zineを作るくらいの気楽さでサクサクと出版していきたい。そんな風に考えている私にとって、ネットの軽印刷業者で印刷し、SNSで告知し、即売会や独立系書店で売るのは最適のやり方なのだ。軽出版とは、そのような営みのことである。
出版界は長らく、本を大量に安く売ることをよしとしてきた。巨大な装置産業である大手印刷会社や、全国一律発売を担う大手取次会社に支えられた、雑誌や文庫や新書を中心とする大規模出版は、これらの商品が与える軽やかな印象とは裏腹に、実際は巨大な装置と資源を必要とする「重たい出版」だと言える。たくさん売らねばならないために中身も薄く浅いが、にもかかわらず、それはまさしく「重出版」なのだ。
「軽出版」は、その対極にある。たくさんは作らない。読者も限られていてよい。売る場所も、ネット以外は限られた書店や即売会だけでよい。少部数しかつくらないから在庫も少ないし、運よく売り切れたらその都度、また作ればいい。そのかわり中身は、好きなことをやる。重たい中身も軽出版なら、低リスクで出せる。私がもっとも尊敬する作家の橋本治は生前、「自分には一人で1000人分の力を発揮してくれる5人の読者がいる。その5人を裏切らないために、その水準で書いている。自分に1万人の読者がいるとしても、書いているのはその5人に向けてだ」と言っていた。私が軽出版によって本を届けたい読者も、その「5人」のような人たちだ。
私はプロの物書きだし、プロの編集者だが、デザインや組版のプロではない。でも軽出版で出すくらいの本ならなんとかなる。だから自分で書いて自分で編集して自分で校正し、組版も装丁も自分でやる。InDesignが使えて、出版編集の基本が分かっていれば、いまは誰だって好きなように本を作れる時代なのだ。本を作るのは容易く、売るのは難しい。でもいちばん難しいのは、書くべきことを書くこと、売るためでなく書くために書くことだ。軽出版は、書き手が書くことの自由を取り戻すための仕組みでもある。破船房というレーベルでは、とりあえず自分の書いた文章を少しずつ本にしていくつもりだけど、この仕組みでもよいと考えてくれる人の文章やその他の作品も形にしていきたい。「軽出版」や「軽出版者」は、私一人だけの言葉にしたくない。
マガジン航
というわけで、みなさんぜひ6/24(月)19時開始のイベントにご参加ください。仲俣さんご本人からのより詳細な解説が聞けます。
https://www.localknowledge.jp/2024/06/1446/
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