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オーダーしたわけではないものに含まれる豊かさ・「雑」の効能

Photo :仙台七夕 / rujin / Adobe Stock

Posted by local knowledge on July 5th, 2024

ユーザーの行動履歴に基づいて、好まれると思われる書籍、映画、ニュースなどを推薦するシステムをレコメンデーションエンジン(recommender system)と言います。様々な種類のものがありますが、amazonで採用している協調フィルタリング(collaborative filtering)が有名かもしれません。参加するユーザー数や対象とするアイテムの数が膨大になればなるほど精度は上がります。ただし「精度が上がる」ということは意外性がどんどん失われていくことを意味します。自分が欲しいものは自分が想起できるキーワードの範囲に限定されていくことになるので、精度が高まれば高まるほど世界観は狭くなり、自分自身の想像力の限界のようなものが突きつけられる気分になるはずです(YouTubeばかり見ていると自分がどんどん阿呆になっていくのが実感できます)。

さて、自分がオーダーしたわけではないのに、突然届くものの代表格が「ギフト」です。ギフトは送り手の人格や魂を無理やり押し付けるもの、という側面がありますから(受け手にとっては)当たり外れが激しいのが普通です。しかしギフト以上に強く意外性を感じることができるものはなかなか他に見当たらないのもまた事実でしょう。予期せぬギフトは私たちの日常生活をちょっとだけ刺激的なものにしてくれます。「オーダーという概念が(基本的には)存在しない」という意味では家庭料理も一種のギフトと言えるかもしれません。定食屋での食事は自分がオーダーするわけですから、何が出てくるか、まあ普通にわかります(予期せぬものが出てきたらちょっとした事故ですね)。味もそれなりのレベルであることが保証されてもいます。一方、家庭料理は品質にはバラツキがあるのが普通ですが、ギフト同様に「何が出てくるかわからない楽しみ」がある、とも言えるわけです。

オーダーしたわけではないなんだかよくわからないものは普通ノイズ(雑音)としてカウントされるはずですが、検索エンジンの精度が上がれば上がるほど、私たちはむしろその「ノイズ」が欲しくなります。自分がオーダーしたわけではないノイズの中に何かしら生活や仕事のヒントが含まれることがある、ということを経験的に知っているからですね。コロナ禍におけるオンライン会議で「雑談の重要性」に気づいた方も多いと思いますが、新橋駅前の雑居ビルの猥雑さの楽しみ、雑種だから可愛い犬、バランスの取れた食事は雑食から、雑炊ならではの美味しさ、複雑系(complex system)がもたらす偶有性、役に立たない雑学ほど面白い、雑然とした机の上だからこそ捗る仕事、など私たちの周りは意外なことに「雑」の魅力に溢れていることに気づきます。私の仕事の進め方が極めて雑駁なのは十分自覚しているつもりですが、案外この仕事の進め方が正解なのかもしれません。世の中、正規化されていない計算不能なものの方が面白いに決まってます。

そして「雑」の魅力が最大限発揮されているメディアが「雑誌」です。最近の雑誌は特集主義が当たり前になってきているので、特集以外の「雑な部分」が目立たなくなってますが、それでもコラム/エッセイ、オピニオン、インタビュー、書評、レポートなどは多くの場合「読者が望んだわけではない(=オーダーしたわけではない)雑多な読み物」として構成されていて、ここで獲得できる意外性をインターネット上で発見するのはほぼ無理です。

前職(出版社)で、紙の雑誌を否定しつつ、ウェブメディアの創刊を繰り返してきた私ですが、ここまでデジタル情報空間が飽和状態(saturate)になると、改めて雑誌(と書籍)の抗しがたい 魅力が逆に新鮮なものとして映るわけです。結局「紙の本にまさるメディアを人類はまだ発明していない」という主張には共感せざるを得ません。というわけで、このご時世に(あるいはこのご時世だからこそ)雑誌でも創刊してみようか、という気分になります。

相手あっての話しなのでまだどうなるかわかりませんが、現在密かに雑誌を創刊する企画を検討中です。概要が確定し次第、このメールでお知らせさせていただくことにしますが、とりあえず来週は松村秀一氏(神戸芸術工科大学・学長)による刺激的な講義「あなた方はこの摩天楼があと何年もつと思っているのですか?」でタワマンブームに冷や水を浴びせたい、と思っています。
ぜひご参加ください。
https://www.localknowledge.jp/2024/06/1463/

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