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事実上消滅した「輿論(よろん)」は再生可能か

Photo :夕暮れの渋谷駅前交差点 / moonrise / Adobe Stock

Posted by local knowledge on October 23rd, 2024

天地無用(てんちむよう)の「天地」とは荷物の上面と底のことで、「無用」は「してはいけない」という意味なので、「天地無用」とは「上下逆さにするなよ」という注意書きなのですが、荷物にデカい文字で自信たっぷりに「天地無用!」と記載されていれば、なんとなく乱暴に扱っても大丈夫かも、と感じてしまうのは人情というものでしょう。

また、「もはや戦後ではない」」は1956年(昭和31年)の『経済白書』の序文に登場する一節で、本来「戦後復興という特殊な景気はもはや終了した。これからは成長が見込めない厳しい時代に突入するだろう」という意味だったのですが、実際にはこの頃から日本が本格的な高度成長を始めたこともあり「戦争のことは忘れて経済活動に邁進しよう」という前向きなメッセージと受け止めた人も多かったようです。

言葉の意味は、現在その意味で使っている人が過半数を超えるのであれば、本来の意味そのものは残念ながらその役割を終えることになります。「確信犯」「気の置けない仲間」「流れに竿さす」「知恵熱」「破天荒」「役不足」「姑息」など、本来の意味とは異なる使われ方が主流になっている言葉は枚挙にいとまがありません。現在の意味と本来の意味で使う人の数が拮抗している場合は(お互い誤解を招かないように)その言葉自体が使われなくなり、別の言葉にパラフレーズされるようになるはずです。そうするとその言葉はその本来の概念ともども消滅してしまう可能性が高い。

その意味で極めて深刻なのが「輿論(よろん)」という言葉が事実上消滅したことでしょう。本来、「よろん」とは「輿論」のことであり、明治天皇の五箇条の御誓文」第一条の草案における「万機公論に決し私に論ずるなかれ」を根拠とした「公開討議された意見」を指す言葉でした。これに対して「世論(せろん)」は討議・議論を踏まえない勝手気ままな思いつき、という意味で、輿論とは区別して利用されていました。しかし、1946年(昭和21年)に制定された当用漢字表から「輿」が落ちたことで、「輿論」と「世論」を区別されなくなり、「輿論」という概念は事実上消滅しました(ただし当用漢字表自体は1981年(昭和56年)に廃止され、新たに告示された常用漢字表で「輿」は復活しています)。

いずれにしても「世論」が意味の面積を広範囲に広げ、幅広く普及した結果、マスコミは精度の低い「世論調査(よろんちょうさ)」を繰り返し、政治もまたそれを利用すると同時に、国会では行政が代筆したものを読み上げ合うだけという茶番(=輿論の消滅)が繰り広げられ、YouTubeではエキセントリックなプロバガンダが数百万を超えるPV(ページビュー)を稼いだり、という具合に、言論空間はかなり魑魅魍魎としたものに成り下がってしまいました。「本当の民意」はその存在感をどんどん希薄なものにしているように思います。

個人的に一番忌み嫌うメディアの行動が「街頭インタビュー」でしょうか。その社会課題について何も考えていない人に突然質問をぶつけて、その意見があたかも代表性があるかのように報道するのは、メディアとしての責任放棄であると同時に「世論(=それについて特に深く考えていない人の思いつきを集めたもの)」の最も悪質な利用法でしょう(逆に、一番信用できるのがAI音声による無味乾燥だけれども言い間違いがないニュースだったりするのはなんだか寂しい限りですね)。

ともあれ、来週月曜日(28日)の「未来のメディアの作り方(第3回)」は『輿論(よろん)と世論(せろん)』を副読本にして、私たちはこれから「輿論」を再生させることができるのか、を「議論」します。で、(これは偶然なのですが)前日の27日(日曜日)は「第50回衆議院議員総選挙・第26回最高裁判所裁判官国民審査」の投票日です。佐藤卓己さんはメディア歴史学の専門家であって、政治学の専門家ではないことは重々承知していますが『近代日本のメディア議員』という書籍をまとめていらっしゃる立場でもあるので、ここは一つ、今回の総選挙におけるメディア(主にマスコミ)や選挙活動というプロパガンダをどう眺めていたのかも併せてお聞きしたいなあ、というのが人情というものです(私が見る限り「輿論」が復活しているとはとても思えませんが)。というわけで(例によって)ご本人に全く相談していませんが、この辺りのことにも触れていただこうと考えています。 https://www.localknowledge.jp/2024/10/1720/

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